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第五話 鳥居の向こう側

Author: 天咲琴乃
last update publish date: 2026-09-02 20:56:43

「石の鳥居で待っている」

 イズミは画面に表示された文字を読み上げた。

「行くんですか?」

 タカオミが聞く。

「行く」

「罠かもしれませんよ」

「だったら、誰が何のためにこんなことをしてるのか確かめる」

 イズミは上着を羽織った。

「それに、ミナがまだ生きてるかもしれない」

 電話の向こうで聞いた声。

『私を忘れないで』

 あれが幻だったとは思えなかった。

 存在した人間が、記憶から消えていく。

 記録からも消えていく。

 もし完全に忘れられたとき、ミナはどうなるのか。

 イズミは考えたくなかった。

 雑木林に着いたのは、日が沈み始めた頃だった。

「……ないですね」

 タカオミが辺りを見回す。

 昨日と同じ場所。

 だが、石の鳥居はない。

「ここだった」

「目印は?」

「あの大きな木」

 間違いない。

 イズミは奥へ進んだ。

「チョコ!」

 呼んでみる。

 返事はない。

「チョコ!」

「狐って名前呼んだら来るものなんですか?」

「知らないわよ」

「ですよね」

 そのとき。

 チリン。

 二人が同時に振り返った。

「今の聞こえた?」

「聞こえました」

 初めてだった。

 タカオミにも鈴の音が聞こえている。

 チリン。

 今度は右。

 イズミたちは音を追った。

 木々の間を抜ける。

 やがて、突然視界が開けた。

「……イズミさん」

「うん」

 あった。

 石の鳥居。

 昨日と同じものだ。

 そして、その下に白狐が座っている。

「見える?」

「見えます」

 タカオミが答えた。

「白い狐」

 チョコは二人を見つめていた。

 イズミが一歩近づく。

「あなた、チョコでいいの?」

 白狐の耳が動いた。

 チリン。

「返事した?」

「偶然じゃないですか」

「チョコ」

 チリン。

「……返事してますね」

 チョコは立ち上がった。

 そして鳥居の向こうへ歩いていく。

「まただ」

 昨日と同じ。

 だが今日は、タカオミにも見えている。

「追います?」

「ここまで来て帰る?」

「帰りたい気持ちはあります」

「却下」

「ですよね」

 二人は鳥居の前に立った。

 イズミが手を伸ばす。

 石に触れた瞬間。

『やめろ』

「え?」

 男の声だった。

 イズミが振り返る。

「どうしました?」

「今、誰か……」

 誰もいない。

 その直後、鳥居の向こうから声がした。

『イズミさん』

 若い女の声。

「ミナ?」

『助けて』

 イズミは鳥居をくぐった。

「イズミさん!」

 タカオミも追う。

 世界から音が消えた。

 色が消えた。

 白。

 どこまでも真っ白な空間だった。

「……何だ、ここ」

 タカオミの声だけが聞こえる。

「昨日、一瞬だけ見えた場所」

 後ろを振り返る。

 鳥居がない。

 雑木林もない。

 出口が消えている。

「これ、かなりまずくないですか」

「今さらね」

 チリン。

 前方にチョコがいた。

 白い世界の中で、藤色の組紐だけが鮮やかに見える。

 チョコが歩き始めた。

 二人は後を追った。

 どれほど歩いたのかわからない。

 距離の感覚すら曖昧だった。

 やがて。

「何かある」

 タカオミが指差した。

 白い床の上に、一冊の本が落ちている。

 黒い表紙。

 イズミの心臓が大きく鳴った。

 防犯カメラに一瞬だけ映ったものと同じだった。

 近づく。

 表紙には銀色の文字が刻まれている。

『FICTION ―石の鳥居と白狐―』

 その下に、小さく言葉が続いていた。

『それは創作か、それとも嘘か』

「……これだ」

 イズミが本へ手を伸ばす。

「待ってください」

 タカオミが腕を掴んだ。

「何が起きるかわからない」

「ミナが持ってるって言ってた本よ」

「だから危険なんです」

 そのとき。

 本が勝手に開いた。

 ページがめくれていく。

 一枚。

 二枚。

 三枚。

 そして止まった。

 イズミは書かれている文章を見た。

「……嘘」

 そこには見覚えのある会話が並んでいた。

『行くんですか?』

『行く』

『罠かもしれませんよ』

 数時間前。

 事務所で交わした会話だった。

「俺たちの会話……?」

 タカオミも青ざめる。

 イズミはページをめくった。

 依頼人。

 消えた家。

 ミナ。

 白狐。

 石の鳥居。

 すべて書いてある。

「どういうこと……」

 さらにページをめくる。

 文章が途中で終わっていた。

『イズミはページをめくった。』

 その一文。

 今、自分がしたことだった。

「……待って」

 その下に新しい文字が浮かんだ。

『イズミは本を閉じようとした。』

 イズミは動きを止めた。

「閉じないで」

「え?」

「私が次にすることが書かれてる」

 タカオミがページを見る。

 新しい文章が現れる。

『タカオミはページを覗き込んだ。』

 二人とも動けなくなった。

「これ……未来を予知してる?」

「違う」

 イズミは震える声で答えた。

 なぜか。

 もっと恐ろしい可能性が頭に浮かんでいた。

「私たちが、この通りに動かされてるんだとしたら?」

 その瞬間。

 ページに一文が現れた。

『二人は背後から聞こえた声に振り返った。』

「……え?」

 まだ何も聞こえていない。

 イズミとタカオミは顔を見合わせた。

 数秒後。

 背後から、女の声がした。

「その本を読んではいけない」

 二人は振り返った。

 そこには。

 今まで誰もいなかったはずの白い世界に、一人の女が立っていた。

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